培養成績向上に向けた取り組み
当院の培養成績向上に向けての取り組みや、培養士の日々の業務についてご紹介します。
〜培養成績向上に向けての取り組み〜
培養環境の管理・維持
培養環境は受精卵の発育に大きな影響を与え、ARTの成績を左右します。当院ではLaboratory(培養室)内の環境管理を徹底して行い、胚にストレスがない環境を維持しています。
Laboratory(培養室)内の温度・湿度管理
精子や卵子に与えるストレスを最小限にするため、それを育てている培養機器の管理も大切です。当院では電子機器で制御されているインキュベーターの安定した作動環境を整えるため、Laboratory(培養室)内全体の温度・湿度管理を徹底的に行っています。
Laboratory(培養室)内の清浄度
クリーンルーム内の空気清浄度の指標として、単位面積に含まれる粒子数によりクラス分けが行われています。当院のLaboratory(培養室)は、NASAクラス判定で「クラス100」でした。これはLaboratory(培養室)内の空気中の浮遊微粒子数が極めて少ないことを表しています。
クラス100*とは、バイオテクノロジー分野でのバイオクリーンルーム、医療分野での無菌手術室と同等の清浄度を誇ります。
*クラス100
0.5μm以上の粒子が、空気1立方フィート中に100個以下の室内という意味で、『0.5μmをゴルフボール大としたとき、淡路島がすっぽり入る大きさの箱の中にゴルフボールが100個以下しか存在しない。』という高い清浄度です。
培養環境とLaboratory(培養室)内の環境
Laboratory(培養室)の環境や受精卵を培養するインキュベーター内の環境は、ARTの妊娠率を左右すると言っても過言ではない程、受精卵の発育に大きな影響を与えます。そのため、培養室内の環境を整え、維持することも培養士の重要な仕事の一つです。
当クリニックのLaboratory(培養室)はHEPAフィルターを介し、清浄された空気が循環するクリーンルームとなっています。さらに、入室前には必ずマスク・キャップの着用と手洗いをし、エアシャワー(左写真)にて埃をしっかりと排除して入室します。その清浄度は開腹手術を行えるレベルです。
さらに蛍光灯から放出される紫外線は、胚にとってストレスとなるため、紫外線を放出しないLED照明を設置するとともに、明るさも極力抑えてあります。
また、突然の停電などでインキュベーターの停止を防止する目的で、自家発電装置を設置し万全の体制となっています。
最後に、大切な受精卵をお預かりしている培養室への入退室は、スタッフの中でも限られた者のみが入退室できるようカードキーで常に管理しています。
インキュベーターや培養液の管理
体外で卵子や胚を育てる機器であるインキュベーターの温度や湿度測定、培養液の浸透圧やpH測定など日々の環境管理を欠かさず行っています。
タイムラプスについて
培養室では、患者さんからお預かりする胚を“インキュベーター”という安定した培養環境の中で育てていき、培養士はその成長を日々見守っています。従来の方法では、観察するために一度胚をインキュベーターから取り出して顕微鏡でひとつひとつ確認する必要があり、観察時に受けるストレス(温度の変化、光など)の胚への影響が懸念されていました。
近年、“タイムラプスインキュベーター”というインキュベーターにカメラが搭載されたインキュベーターの登場により、胚を取り出すことなく継続的な観察が可能となりました。タイムラプスの使用により、従来の方法と比較して継続妊娠率と出生率の改善や早期流産率の現象が報告されています。
また、従来の方法では培養士が不在時には観察が出来ず、また胚へのストレスを抑える為にその回数も最小限で行っていたのでその間に起きていた様々な胚の変化を見つけることが難しい状況でした。一方、タイムラプスでの胚の撮影は10〜15分間隔で継続的に行っている為、従来の方法で観察できなかった胚の様々な変化を見つけやすくなりました。
実際の培養の様子
良好胚獲得に向けての技術採用
体外に取り出した卵子・精子をより良い状態で受精させることが最初の段階としては重要となり、そのための技術や設備を整えています。
紡錘体観察システム
卵子には核分裂に重要となる紡錘体が存在します。通常の顕微鏡では確認できず、ICSI時の精子を注入する際に、針で紡錘体を傷つけてしまうことが懸念されていました。紡錘体観察システムを用いることにより、紡錘体の位置を確認しながらICSIを行うことが可能となり、受精率の向上や胚発生率の向上が期待されます。写真では、紡錘体は白く抜けているように観察されます。
IMSI(精子の高倍率での選別)
ICSIでは運動性良好かつ形態良好な精子を選んで受精に用います。IMSIと呼ばれる精子頭部を高倍率で観察できるシステムを用い、より良好な精子を選択することができます。
レスキューICSI
当クリニックでは、体外受精で受精していないと予測される卵子に対し、採卵当日のうちに顕微授精(ICSI)を行い、受精を助ける方法をとっています。 このレスキューICSIという方法を取り入れることで、完全受精障害によって受精卵が得られず治療がキャンセルとなることを防ぐことが可能です。
初めての不妊治療で精液検査に問題のない方は、できる限り自然に近い体外受精で受精させ、受精障害と判断された場合には顕微授精を行うようにしています。
着床補助操作
卵子は透明帯という殻に包まれており、受精した後も透明帯の中で細胞分裂して発育しています。着床できる時期(胚盤胞)になると、胚盤胞は透明帯を破り外へ出て子宮内膜に着床します。 受精卵を凍結すると透明帯が硬化し、胚が外に出にくくなる可能性があると言われており、当院では胚移植する前に胚が透明帯から出やすくなる操作(着床補助操作:アシステッドハッチング)を行うことで着床のお手伝いをします。当院では着床補助操作の方法として透明帯にレーザーを照射する装置を導入しています。これは短時間操作を行え、胚にダメージを与えることのない安全な方法になります。
高濃度ヒアルロン酸含有培養液
胚移植の際に、医師の判断によっては着床率を高めるために高濃度ヒアルロン酸含有培養液という培養液を使用することがあります。高濃度ヒアルロン酸含有培養液には通常の培養液よりも高濃度のヒアルロン酸が添加されており、子宮内膜との接着を促進する効果があると言われています。
技術品質の管理
培養士の技術は培養成績に大きく影響を与えます。培養士歴15年以上のテクニカルチーフを中心に定期的に培養士の手技のチェック・指導にあたり、技術品質の管理を行っています。
〜患者さんとの対話〜
当クリニックでは、採卵後の卵子・精子や移植予定の胚などのご説明を培養士が行っています。ご夫婦によって受精卵の質、発育の状況などが全く異なりますので、直接見てきた培養士がご説明することでより細かい部分までお話しすることができます。
普段忙しくて来院できないご主人も、ご夫婦で培養士と話しに来られてみてはいかがでしょうか。
〜よくある質問〜
胚培養士について、胚培養士が関わる業務についてよくある質問
- Q:胚のグレードはどのように評価していますか?
- 胚盤胞はICMとTEの状態によって、胚培養士が当院独自の評価方法*1 を用いています。よく「AbとBaはどちらが妊娠率がいいの?」と聞かれることがありますが、当院では「Ba」の方が妊娠率が高い結果が出ており、一般的にも栄養外胚葉(TE)が良質である方が妊娠率は高いとの報告が多々なされています。しかし、胚の評価は形態的な部分でしか見ていないので、染色体の異常の有無を判別できるわけではありません*2。 必ずしも評価が高ければ良いとは限らず、低いからダメとういうわけでもないのです。胚の評価はあくまで目安として捉えることが大切です。当院ではグレード評価の品質管理の為に、定期的に15年以上の臨床経験を持つ"ラボテクニカルチーフ"の評価との相違がないかのチェックを行い、技術品質の維持に努めています。
*1 当院独自の評価方法は、一般的に用いられるGardner(ガードナー)分類とは異なる部分があります。
*2 染色体や遺伝子の検査は、着床前診断(PGT)という治療で行います。 - Q:ICSIを行った方が妊娠率・出生率はあがるのでしょうか?
- 生殖医療分野のICSI普及前と普及後の、日本産科婦人科学会のART成績では、体外受精・ICSIの妊娠率に変わりがないため、ICSIによって受精率が向上するという事と、妊娠率があがるという事は一致しないということです。そのため、ICSIによって妊娠率の向上は望めませんが、ICSIは技術であり、未熟な技術で行うとかえって悪い結果となる可能性もあります。当院は、技術品質の管理を徹底しております。